日本民放クラブ 「楽しくなければ民放クラブではない!!」日本全国の民間放送OB、OG約4,000名による古き仲間の、新たな集い
みんなで語ろう民放史
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第125号 相撲を伝えて70年、名横綱との交流と思い出を語る (原 和男) NEW
第123号 「許し難きを許す」 フィリピン収監旧日本兵 帰国の陰で (荒川 和也)
第122号 『機銃掃射に怯えた日々 〜昭和20年宮崎の空の下で〜』 連盟賞と芸術祭大賞W受賞を機に報道の基本について考察 (紫安 伸一)
第121号 ENG導入秘話 (小川 忍)
第120号 『放射線を浴びたX年後』 (伊東 英朗)
第119号 FM番組『ジェットストリーム』放送13000回を目前に、スタート当時を振り返って (後藤 亘)
第118号 震災・原発事故から4年「福島のこれからをどう伝えていくか」 (丸 淳也)
第117号 クラウディアからの手紙 (古川 重樹)
第116号 テニスで辿る WOWOW24年の挑戦 (ア山 修)
第115号 日本で初めて再審で無罪になった死刑囚・免田榮事件 (中村 登紀夫)
第114号 被災者家族として・・・テレビマンとして・・・母を撮り続けた3年間の軌跡 (武澤 忠)
第113号 『水曜どうでしょう』の今 (藤村 忠寿)
第111号 「平成の鬼平」中坊公平さんを偲ぶ (曽根 英二)
第110号 震災を伝え続けて2年 JNN三陸臨時支局奮戦記 (龍崎 孝)
第109号 今も16万人が非難する福島のあの瞬間(とき) 2011.3.11 (佐藤 崇)
第108号 350時間ラジオ生放送 −ラジオ福島業務センター− (菅野 左千男)
第107号 記憶を風化させず 伝えつづける「3・11」 (佐々木 智之)
第106号 IBCは大震災とどう向き合ったか・・・ (武田 敏哉)
第104号 群集の中の一つの顔 吉田石松事件 (中村 登紀夫)
第103号 『夢を刈られて 大潟村・モデル農村の40年』を制作して (石黒 修)
第101号 アキノ白昼の暗殺 −特ダネは一日にして成らず− (三好 和昭)
第100号 映像取材からみたテレビ報道の発達 (寺田 捨己)
第99号 日本兵サカイタイゾーの真実 −写真の裏に残した言葉− (岸本 達也)
第98号 問う! 沖縄は真実、返還されたのか (具志堅 勝也)
第97号 土に生きる −ダム水没予定地・ある農民の手記− (酒井 麻衣)
第95号 ラジオ関東ナイター中継 −今だから言えるあの時− (故・松澤 壽雄)
第94号 原爆ガンと取り組んで −昭和34年8月、平和公園から全国にテレビ中継− 
(新井 俊一郎)
第93号 『筑紫哲也NEWS23』の現在形の記憶 (金平 茂紀)
第92号 戦争の負の遺産を伝え続けて20年 −長谷川テルの肖像『失くした二つのリンゴ』への歩み (尾崎 祈美子)
第91号 “たかが番宣、されど番宣” −番宣一筋40年− (広瀬 隆一)
第90号 番外編:元テレビマンユニオン社長・村木良彦氏を偲ぶ
第89号 北のドラマを探す −草創期の頃− (守分 寿男)
第88号 『パック・イン・ミュージック』創世記 −妖精パックは今も− (武本 宏一)
第87号 民放ラジオ 陰と光の10年をふり返る −ニューラジオの成立 昭和40年〜46年− (吉本 圭介)
第86号 民放ラジオ 陰と光の10年をふり返る −一番しんどかったとき 昭和35年〜40年− (吉本 圭介)
第85号 ブラヴォー “新日鉄コンサート” (故・裕川 雅雄)
第84号 首都圏初の電話リクエスト番組 −四谷村(ぶんかほうそう)音楽こぼれ話ー (金子 貞男)
第83号 スポーツニッポン近畿版 『テレビの国のOG・OB』より、選り抜き7編
第82号 10周年を迎え、新鮮な目を失わずに −TBS『世界遺産』− (辻村 国弘)
第81号 深夜の不毛帯開拓のパイオニア −『11PM』誕生秘話− (横田 岳夫)
第80号 キャスターよ! 背広をぬごう −『テレポートTBS6』の原点− (中村 登紀夫)
第79号 日本初1局2波のテレビ放送局 −琉球朝日放送の10年− (平田 嗣弘)
第78号 テレビ創生期の制作ウラ話 −昭和天皇も見ていたテレビドラマ− (野崎 元晴)
第77号 マラソン中継事始め (塩月 清)
第76号 民放唯一の全国放送 短波が伝えた新しいラジオ −ナイター、株式、競馬中継のあの頃、そして今も− (薬師神 美穂子)
第75号 35周年を迎えるTBSラジオ −『毒蝮三太夫のミュージック・プレゼント』誕生秘話− (松澤 良昌)
第74号 ペンシルからカッパーへ −日本初のロケット飛翔実験は秋田で始まった− (成田 實)
第73号 ジョクジャカルタ放送局開設秘話 −トラブルとクーデターに脅えた日々− (柏倉 宏聿)
第72号 日本オリンピック機構の誕生まで −苦労で眠くて楽しい五輪の思い出− (天野 幸一)
第71号 音楽の裾野を広げた『TBSこども音楽コンクール』の50年 (伊藤 靖之)
第70号 『青空会議』の時代 (辻 一郎)
第68号 国際無線通信から転進して民放開局に尽くした一技術者の回想 (分部 芳雄)
第67号 苦難を乗り越えて10年 新時代に船出するWOWOW (八森 克幸)
第66号 サウジアラビアの放送局開設に携わって −第4次中東戦争に揺れた8ヶ月− (加藤 卓)
第65号 幻想の美をとらえた札幌五輪 −冬のスポーツと格闘した技術者の記録− (小高 博二)
第64号 アンデスに魅せられた男 天野芳太郎 −インカ文明取材記− (辻 一郎)
第63号 民放・NHK共同建設 名古屋テレビ塔物語 (井澤 慶一)
第62号 ローカルテレビ局の挑戦 原爆ドキュメンタリーシリーズ (小川 博)
第61号 国会に初めて立てた民放マイクの思い出 (故・益井 康一)
第60号 三十年戦争の終幕を見る (藤原 亙)
第59号 民放研報告書 『2000年の放送ビジョン』の頃 (伊豫田 康弘)
第58号 愛されるCMを目指して −民放初期のCMマンの足跡− (椎橋 勇)
第57号 地域に密着した青森の朝を −『RABニュースレーダー』の苦闘− (盛田 和穂)
第56号 サンテレビ報道部の一週間 −彼等はあの大震災をどう伝えたのか− (山田 芳雄)
第55号 銀座七丁目 星が輝くマイクロタワー −一技術者の思い出− (高林 昭三)
第54号 泣き笑いスポーツアナ奮戦記 −カープを追い続けた地方局− (山中 善和)
第47号 テレビ創設期技術陣の苦労 (後編) (栗田 富士男)
第46号 テレビ創設期技術陣の苦労 (前編) (栗田 富士男)
※欠番の号は、「みんなで語ろう民放史」休載号です。
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